日々のこと
ひとり暮らしを始めて、10日ほど経ちました。南に窓と、東にそれよりも大きな出窓のある私の部屋は、午前中はもういらないほどの陽光で溢れています。食事も一応、作っています。ただ私は小食なので、作るのは3日に一度くらい。今はポテトサラダと、ロールキャベツのあまりもので毎日を暮らしています。まだひとり分の料理というものに慣れません。
スイートバジルの種を鉢に植えて、ベランダで育てています。バジルの葉っぱを使って、カプレーゼを作ることが夢。イタリアで食べたあのカプレーゼ、なんであんなに美味しかったんだろう・・・。
サングリアなども買い込み、バイト先でよく見かけるリバークレストの白も冷蔵庫にあります。なんていうか、学生価格。
ついでにチーズも買って、ひとりでロールキャベツの上にかけて楽しんでいます。ネットでチーズを購入しました。パルミジャーノ・レッジャーノです。なんていうか、普通のスーパーで売っているチーズとは少し違う、本場のチーズを売っているお店で購入しました。このチーズはそのまま食べるとけっこう辛くて、コクがあってお酒にちょうどいいかんじですが、やっぱり料理に一工夫したいときに使うのが一番ですね。コクがでます。少しイタリアの味に近づきます。土と乳の、自然の匂いがするのです。かつフルーティなのはなんでだろう?
ちなみに、このお店で購入しました。手軽に本場のチーズが何でも購入できるので、オススメ。
オーダーチーズ
母の日にチーズケーキも買おうかしら・・・。
早くバジルの葉っぱが成長してほしいです。(まだ芽も出てない)
冬
冬も深まってなんだか分からなくなってくる日々。一年中が冬のように感じていた日々。寒いなかに埋没して、思考が灰色になり、閉ざされ、閉じ込められ、閉鎖される。冬の明け方に、私は近くの川を見に来た。コートを着て、マフラーも巻いて、帽子をかぶり、手袋をつけ、完全防備で。
空は灰色でまるで世紀末だ。川も薄紫でまるで毒の川だ。大きな橋の欄干部分にもたれかかり、私は少しだけ口角を上げて、ぼーっとしていた。死ぬつもりだった。
死んでも生まれ変われる。三島由紀夫の豊饒の海4部作を読めば分かる。今度生まれ変わったら、マハラジャの娘になって、俗世とはかけ離れた暮らしをするのだ。パリス・ヒルトンみたいな。
渦をつくっている。川はゆるやかな流れのなかで、小さな渦をたくさん作り出す。小さな渦・・・私はふと、ナタリー・デセイの歌うアリアを思い出す。細くて強い声、繊細で硝子のように壊れやすい声。超絶技巧、高音。
ひとたび始まってしまえば、終わることのない日々なんてありえないのに、そう思ってしまうことが不思議だ。私が通う箱のなかには憎悪や嫉妬が満ち溢れていて、透明なものなんて何ひとつない。この冬が終わらないように、この川が尽きないように。
「あんたなんて、大嫌い。死んでしまえばいいのに」
終わらない憎悪、終わらないよ。手向けられた花の白さ。逃避行は容易くない。赤いペンでいつも書いていた。春は来ない。春は来ない。ずっとこの陰鬱で、けれど力強く暖かい日々が続くだけ。地面のなかで何かが揺れ動く音がする。でも芽は出ないんだと。
太陽が姿を現す。
でも私は、朝が来たとは思わなかった。ただ、夜が終わったと思ったのだ。
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秋
お腹が痛い。
私は昨夜食べたものを思い出そうと必死になっていた。
梅田にあるホテルの7階、日本料理屋で、いっとう高い会席料理を恋人にご馳走になった。食前酒は卑弥呼(燕の巣の入った梅酒)、先付けは若牛蒡の胡麻浸し、椀盛で鯛の道明寺包み、お造りは鮪と帆立と縞鯵とミル貝だっけ・・・合肴、八寸、強肴、留肴、お食事、デザート・・・まさかあんな高い店で食中毒とは思えない。
昨日の昼食は・・・ビスコを食べた。あの赤いパッケージのやつ。私たちが小さいころからよく知っている、健康なお菓子。ちなみに昨日起きたのは11時なので、朝食は食べていない。
爽やかな秋風が窓から吹き込む、清々しい日。レースカーテンはまるで映画のワンシーンのように、きらびやかに揺れている。むっほん。お腹が、いたい!
私はベッドから起き上がると、トイレに行く道で昨日食べたビスコの残りを台所に手にとった。乳酸菌が1億個!(5枚当たり)と書かれた蓋。しかし乳酸菌は私に力を貸してくれなかったらしかった。今朝起きてから、もう6時間が経過しているのに、私はいまだにトイレとベッドの往復を繰り返している。今日は外に出て秋を満喫するつもりだった。爽やかな風とともに颯爽と街に現れ、クレジットカードで次々に新しい靴や鞄や服を手に入れる。映画を観て、恋人と夕食を食べる。だのに、だのに!
携帯電話が鳴った。ベッドのサイドテーブルに置いてある。私は非通知の電話をしぶしぶとる。
「はい?」
「調子はどうだ」
「あなた、だれ?」
「腹の具合はどうかと聞いている」
「ちょっと、だれなの? なんで私のお腹のことを・・・」
「やはり効いているようだな」
「なんのはなし?」
電話は切れた。
これは大いなる悪の陰謀? 私は赤いビスコのパッケージを見ながらそう呟いた。でもそんなのどうでも良かった。今日は復刻版『天井桟敷の人々』を映画館で観たかった。切ない。それだけだ。お腹が痛い。もう憎しみも欲望もさらば。
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夏
ブラジャー特価! 3組でなんと1980円!
「うわ、すっげえ」
夏の夕暮れ時、私はひとり冷房の効いていない部屋でネット通販をしていた。年代もののクーラーはがたがたと音を立てながら、やや冷たい風をやや感じるくらいの速さで部屋に送り出した。馬場で言うならやや重だ。(違うかもしれない)
3組のブラジャーは、赤と白と黒。リボンつきで、水玉模様。なんだかスタンダールを思い出した。スタンダールと言えば恋愛論。ヤイコも歌っていた。
『スターンダールーれんあーいろんだーいにしょう:こーいのたんじょーおおぅ』
と。
その特価ブラジャーは迷うことなく、私のカートに入れられた。
ううーん、と伸びをする。東向きの窓からは、太陽は見えない。もうすぐ夜が来る、その気配だけが見える。
「夜は醜いわね」
中学生のころ、毎晩クラブで帰りは7時頃だった。誰かが私にそう言ったことを思い出す。暑さにまみれて楽器を吹き、ミーティングのあと校舎内のすべての窓を閉めて、シャッターを降ろして帰る。ここの三叉路であなたとはお別れ、ここの横断歩道であなたともお別れ、そうしてやっとひとりきりになって、私は一直線の道を東へと進む。家に帰ると、甘ったるい鰈の煮付けの匂いが鼻をとらえて離さない。そして味噌汁。憎たらしいほどに愛らしい家庭の匂い。
私は立ち上がった。そんな家ももうないから、私は今から近所のパチンコ屋のような店内装飾の醜いスーパーマーケットに行って、自分だけの夕食のために食材を調達せねばならない。特価ブラジャーを買う私にはお似合いの場所だけれど。
「夕暮れは綺麗だね。知ってるよ。特価のブラなんて、きっと半年も使えない。紐はゆるゆるだし、ゴムはすぐ切れて、生地には伸縮性のかけらもない」
それでも買う。夏は今そこにいる。じんじん。生きるってことは必要なことだ。
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春
まつわらない話が好きで、いつも独立した言葉ばかりを話す人と付き合い始めて3ヶ月になる、そんな春の午前。西向きの家はまだ暗く、まるで時計の針が振動させているかのような、台所のテーブルの不確かさ。ぞっとするよりも、午後の陽光への期待のそんな午前、私は靴下12組と足拭きマットを洗濯した。BGMはrimaconaというインディーズバンドと、john cage(きのこ博士で近現代音楽の巨匠だ)空気はとても澱んでいて、気持ちがいい。
花粉が飛散していた。
「今日は良い天気だねぇ、ピクニックにでも行こうか」
「どこに行くの?」
私は後ろにいる誰かに問うた。
「出町柳に行って、川沿いを歩いて、ふたばさんの豆大福を食べよう」
私の家は阪急沿線だから、まず河原町まで出て、そこから四条に乗り換えたらいいのかしら・・・。春の祗園の石畳の柔らかさを、私は思い浮かべた。まるで太ももがマシュマロになるみたいな、柔らかな地面を。夜の祗園、仕出屋からかけ出る青年の腕の白さや、桜餅の甘い匂い、妖艶な香の匂い、鈴の音。
「それなら祗園にも行きましょうよ」
そう言って振り向いた時には、誰かの姿はなかった。
もこもこの脱水済み足拭きマットは、春の強風に重々しく揺れる。その重々しさ、老人の如く。made in indeia 素材・綿、アクリル? 飛散した花粉はすばしこく、そのマットにくっついていく。そうだ、その意気。私は踵を返し、部屋のなかへと来訪する。
「もうすぐ桜が咲くと、八坂神社は人で溢れ、出町柳には学生が溢れかえる」
花の魔力。と誰かは言った。そんな誰かの言葉を反芻して、生きている。
もうじき時計の針が正午を告げる。午前との別れの刻。でもまた明日になって太陽が生きていれば、午前に会える。私は春が大嫌いだ。小さな小さな虫が狂喜乱舞している公園の植え込み近くとか、外に出ても寒さを感じなくて済むサラリーマンの安堵した表情が嫌いだ。しかし。
今日は誰かとピクニックに行く。そんな私の表情は、きっとゆるやかに安堵しているに違いない。
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