ブラジャー特価! 3組でなんと1980円!
「うわ、すっげえ」
 夏の夕暮れ時、私はひとり冷房の効いていない部屋でネット通販をしていた。年代もののクーラーはがたがたと音を立てながら、やや冷たい風をやや感じるくらいの速さで部屋に送り出した。馬場で言うならやや重だ。(違うかもしれない)
 3組のブラジャーは、赤と白と黒。リボンつきで、水玉模様。なんだかスタンダールを思い出した。スタンダールと言えば恋愛論ヤイコも歌っていた。
『スターンダールーれんあーいろんだーいにしょう:こーいのたんじょーおおぅ』
 と。
 その特価ブラジャーは迷うことなく、私のカートに入れられた。
 ううーん、と伸びをする。東向きの窓からは、太陽は見えない。もうすぐ夜が来る、その気配だけが見える。
「夜は醜いわね」
 中学生のころ、毎晩クラブで帰りは7時頃だった。誰かが私にそう言ったことを思い出す。暑さにまみれて楽器を吹き、ミーティングのあと校舎内のすべての窓を閉めて、シャッターを降ろして帰る。ここの三叉路であなたとはお別れ、ここの横断歩道であなたともお別れ、そうしてやっとひとりきりになって、私は一直線の道を東へと進む。家に帰ると、甘ったるい鰈の煮付けの匂いが鼻をとらえて離さない。そして味噌汁。憎たらしいほどに愛らしい家庭の匂い。
 私は立ち上がった。そんな家ももうないから、私は今から近所のパチンコ屋のような店内装飾の醜いスーパーマーケットに行って、自分だけの夕食のために食材を調達せねばならない。特価ブラジャーを買う私にはお似合いの場所だけれど。
「夕暮れは綺麗だね。知ってるよ。特価のブラなんて、きっと半年も使えない。紐はゆるゆるだし、ゴムはすぐ切れて、生地には伸縮性のかけらもない」
 それでも買う。夏は今そこにいる。じんじん。生きるってことは必要なことだ。

 

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