秋
お腹が痛い。
私は昨夜食べたものを思い出そうと必死になっていた。
梅田にあるホテルの7階、日本料理屋で、いっとう高い会席料理を恋人にご馳走になった。食前酒は卑弥呼(燕の巣の入った梅酒)、先付けは若牛蒡の胡麻浸し、椀盛で鯛の道明寺包み、お造りは鮪と帆立と縞鯵とミル貝だっけ・・・合肴、八寸、強肴、留肴、お食事、デザート・・・まさかあんな高い店で食中毒とは思えない。
昨日の昼食は・・・ビスコを食べた。あの赤いパッケージのやつ。私たちが小さいころからよく知っている、健康なお菓子。ちなみに昨日起きたのは11時なので、朝食は食べていない。
爽やかな秋風が窓から吹き込む、清々しい日。レースカーテンはまるで映画のワンシーンのように、きらびやかに揺れている。むっほん。お腹が、いたい!
私はベッドから起き上がると、トイレに行く道で昨日食べたビスコの残りを台所に手にとった。乳酸菌が1億個!(5枚当たり)と書かれた蓋。しかし乳酸菌は私に力を貸してくれなかったらしかった。今朝起きてから、もう6時間が経過しているのに、私はいまだにトイレとベッドの往復を繰り返している。今日は外に出て秋を満喫するつもりだった。爽やかな風とともに颯爽と街に現れ、クレジットカードで次々に新しい靴や鞄や服を手に入れる。映画を観て、恋人と夕食を食べる。だのに、だのに!
携帯電話が鳴った。ベッドのサイドテーブルに置いてある。私は非通知の電話をしぶしぶとる。
「はい?」
「調子はどうだ」
「あなた、だれ?」
「腹の具合はどうかと聞いている」
「ちょっと、だれなの? なんで私のお腹のことを・・・」
「やはり効いているようだな」
「なんのはなし?」
電話は切れた。
これは大いなる悪の陰謀? 私は赤いビスコのパッケージを見ながらそう呟いた。でもそんなのどうでも良かった。今日は復刻版『天井桟敷の人々』を映画館で観たかった。切ない。それだけだ。お腹が痛い。もう憎しみも欲望もさらば。
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